研究内容

1.社会脳と社会神経科学について

近年は社会脳 “Social Brain” という言葉が脳科学の分野で広がっている。この言葉は従来は狭い認知的な枠組みでしか語られなかった脳の働きを、より広範な意味での社会生活に関連付ける概念として重宝されている。しかしその厳密な意味や範囲は、まだ十分に吟味され定義されたわけではない。従って最初に、社会的活動を支えるこころの働きとその階層性について考えてみたい。古くから認知心理学では知覚や意識を研究対象として取り上げ、ヒトやその他の霊長類、げっ歯類などを用いて実験が行われてきた。さらに注意、記憶、学習、報酬などという認知的働きも、同様に古くから研究対象であった。これらの基礎的なこころの働きの上に、いわゆる「社会性」は成り立っている。ここでいう社会性には、情動・感情や経済性(利他行為を含む)なども含まれている。この社会性について研究する領域こそが、社会神経科学 “Social Neuroscience” である。

社会性を研究する上でのキーワードとしては嘘、欺き、共感性、視点取得などがあげられる。また自閉症などのこころの働きを理解する上で、以前から用いられている「こころの理論」などもこの範疇である。情動・感情は上にあげたような認知的なこころの働きより下に位置付けられてきたが、最近では社会性と同等の機能を持っていることが指摘されている。経済性の研究は報酬が単に自己の欲動を満たすことであるのに比べて、自己を犠牲にしても他者を助けるなどの行為を説明することができる。このような社会性の頂点に位置するのが、いわゆる「マキャベリ的知性」というものである。これは社会的または政治的な枠組みにおいて、権謀術策を弄して自己の利益を追求していくための知識や技能を指す14)。そのためには、真似、ふり、隠ぺい、はぐらかし、身代わり、お人よしなどの概念を縦横無尽に駆使する必要がある。

社会性と情動の密接な関連性は、主に発達心理学の観点から指摘されている。例えば乳幼児は言語獲得の前から、快・不快などの内的状態を表出することが可能である。さらに発達の過程で、自己と他者の関係性を情動の中に見出すのである。すなわち児が新奇な対象に接した場合は、それがたとえ恐怖の対象であったとしても分からない。しかし養育者がその対象を見て恐怖感情を示した場合に、児はそれを学習するのである。このような児と養育者と第三者を含むこころの働きは、社会的参照と言われる。このような反応や感覚を集団や文化の中で共有することが、後に社会性の基盤となるのである16)。

2.情動と顔認知

情動にはそれを支える重要な相互作用が二つ存在する。一つは心身相関であり、もう一つは共感性である。心身相関はすなわち、脳内の活動が自律神経系や内分泌系に影響を与え、またそれによって引き起こされた身体反応が脳に影響を与えることである。共感性は感情的要素と認知的要素があるが、前者は主に相手の表情・声・態度などから自働的に感情状態を推察することである。感情的共感性では最初に、相手と同じ感情を短時間で自働的に体験する感情伝染が生じる2)。それに引き続いて、より深い認知的判断を含めた共感が生じるのである。

顔の認知はこのような共感性のメカニズムを解明する上で、極めて重要な要素である。顔の認識は人物、表情、視線、意図、印象など多岐にわたるが、中でも表情認知を中心に述べることにする。表情は自己の内的感情を表出するものであり、また他者の感情を理解するために用いられる。先に述べた感情伝染はストレス耐性や性格傾向と関連しており、さらに抑うつや不安と結びついている。一方で共感性自体は社会的コミュニケーションや他者理解などを通じて、自閉症などの発達障害や統合失調症の病態に関係している。

機能的磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging: fMRI)などを用いた脳賦活検査では、主に表情を見せながら脳活動を計測する実験が行われている。その前提となるのはサルの単一ニューロン記録で表情を見せながら神経活動を計測した研究や、ヒトによる損傷脳研究などである。これらの研究から明らかになったことは、表情、主にネガティブな表情に対して、扁桃体が強く反応することである。本論文では扁桃体の活動に焦点を当てたfMRI実験の結果について、以下に述べて行くことにする。

3.表情認知と扁桃体

個人差はあるが、無表情の顔を見ている時にも扁桃体は賦活される。例えば家の写真を見ている時と比較すると、顔刺激は扁桃体をより強く賦活することが分かる4)。無表情、笑顔、怒り・嫌悪表情を比較すると、怒り・嫌悪などのネガティブ表情は無表情よりも扁桃体を強く賦活した5)。この傾向は、左半球で特に有意であった。意識的に顔を見たと認識できないような実験条件でも、ネガティブな表情刺激は扁桃体を賦活する。ここでは33msという短時間に顔を呈示して(プライム刺激)、その直後にマスク刺激として他の顔を呈示した。さらにプライム刺激に怒り顔と無表情を呈示すると、前者で後者より扁桃体の活動が高いのである。このことは表情の閾下処理に扁桃体が関係していることを示している12)。

このような表情刺激を用いたfMRI実験で統合失調症や健常高齢者、または異なった人種間で脳活動が比較されている。その幾つかを紹介すると、統合失調症では笑顔に対する右扁桃体の活動が健常者よりも有意に高かった9)。この結果は患者群における他者の視線や表情に対する特異な解釈や、それらに対する強い情動反応と関係している可能性がある。また健常な高齢者と若年者で扁桃体の活動を比較すると、ネガティブ表情において高齢者で有意に扁桃体の活動が低下していた6)。最近の高齢者における認知心理学研究では、高齢者におけるネガティブ刺激への反応性低下が指摘されている。このような実験が、健康な老化を達成するメカニズムを探る手がかりになるかもしれない。異なった人種、例えば日本人と北米在住の白人との間で扁桃体活動を比較した。その結果では恐怖顔に対する扁桃体の活動は、自分と同じ人種の顔刺激を見ている場合に他人種の顔刺激よりも有意に強く賦活していた1)。このことは自分と同じ人種の顔認知が、他人種の顔認知よりも促進されることを示している。

4.遺伝子多型と扁桃体

扁桃体の活動が、セロトニン受容体遺伝子多型によって規定されているという報告がある17)。また被験者の不安や抑うつなどの性格傾向も、この両者と関係しているという仮説が提唱されている。この仮説を日本人において検証するため、顔刺激を用いたfMRI実験と被験者のセロトニン・トランスポーター遺伝子多型(5HTTLPR)を用いた解析を行った。われわれの実験では白人における結果と異なり、5HTTLPRのs型被験者における扁桃体活動の有意な上昇は認められなかった(飯高, 未発表データ)。この結果は、この多型が日本人においては扁桃体の活動と無関係である可能性を示すものである。しかし白人と日本人ではアレルの頻度が大きく異なっており、白人に多いl型のキャリアが日本人では極めて少ないことも影響している。

われわれの研究では日本人被験者群において、セロトニン3型受容体(HTR3A)遺伝子多型と扁桃体活動が関連していた8)。HTR3Aは他のセロトニン受容体と異なってイオンチャネル型であり、また抑制性中間ニューロンに多く発現している。従って辺縁系においてこの受容体は、興奮の素早い抑制効果を司っていると考えられる。この遺伝子多型のTアレルを持つ被験者はCアレルをホモで持つ被験者より、顔に反応した扁桃体の活動が有意に低下していた。この多型のTアレルは、HTR3Aの発現を上昇させることが報告されている。従って結果的に抑制性中間ニューロンの活動を亢進させ、扁桃体の活動が減弱するものと考えられる。

5.扁桃体と身体反応・嫌悪条件付け

扁桃体はその神経連絡により、内側前頭前野や視床下部などの反応に影響を与えている。視床下部はさらに下垂体―副腎系や自律神経系と連絡して、ホルモンや身体的反応を引き起こしている。脳賦活検査の最中に血中ホルモン値や皮膚電気反応を計測し、情動にかかわる脳活動とそれらの値の関係を調べた実験がある13)。ここでは情動写真を呈示して、自己の感情をそのまま受け入れる条件とそれを意識的に抑制する条件を作成した。感情をそのまま受け入れる条件では扁桃体が活性化し、感情を抑制する条件では主に眼窩部などの前頭前野が活性化した。また血中ACTH値や皮膚電気反応の変化と、扁桃体および内側前頭前野の活動に有意な相関を認めた。従って扁桃体活動の亢進は、ストレスやそれに引き続いて生じる内分泌・自律神経系反応に関係していることになる。

このような扁桃体―前頭葉―視床下部の神経回路は、げっ歯類などにおいて主に嫌悪条件付け課題を用いて研究されている。嫌悪条件付けとは条件刺激(電気ショックなどの嫌悪刺激)と無条件刺激(元来は中性の刺激)が組み合わされることで、無条件刺激単独でも嫌悪刺激に関連した条件反応を生じるようになることである。われわれはこれを社会的な文脈に応用し、顔刺激と不快な音声を用いたfMRI実験を行った。

2名の中性顔刺激が呈示され、その一方だけに時々不快な音声刺激が追加される。不快刺激が呈示されない場合の両者の中性顔刺激を比較することで、不快刺激が顔刺激に与える影響を調べることができる。すると不快刺激が追加された方の顔で、前頭前野、上側頭回などの活動が高まっていた7)。扁桃体に関しては実験時間との相互作用があり、その活動は課題の初期段階で一過性に上昇した後に低下していた。前頭葉と上側頭回などは、ミラー・ニューロン・ネットワークの重要な構成部位と考えられている15)。従って中性顔を見た場合でも、その人物によって表された感情を自働的に模倣する働きが生じていると考えられる。

6.顔の印象形成

扁桃体は表情だけではなく、顔から受ける人物の印象形成に重要な役割を果たしている。また発達障害の患者では、相手の顔から受けるネガティブな印象が減弱していることも報告されている10)。日本人健常被験者を対象に白人死刑囚の顔と対照となる白人の顔を呈示し、顔に対する危険度の評定を行った。その結果では死刑囚の顔は対照群の顔よりも、危険であると判断される程度が有意に高かった。しかし同じ被験者における扁桃体の活動には、顔同士の比較で有意な差は認められなかった。一方で扁桃体の活動と相関する皮質領域を調べると、紡錘状回および上側頭回の活動と扁桃体の活動の相関が顔の印象形成に関連していることが分かった11)。この結果は死刑囚の顔をより強く危険であると判断した被験者は、扁桃体から側頭葉領域へのネガティブ・フィードバックが強いということを意味していた。

このような脳領域間の結合性について、最近では拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging: DTI)を用いて研究されることが多い。DTIは水分子の拡散の方向性が、神経系のおもに軸索や髄鞘によって制限されることをMRIの技術を用いて画像化するものである。われわれは健常被験者においてfMRIとDTIを行い、fMRIで賦活された脳領域同士を結ぶ線維連絡をDTIを用いて画像化した。ここでは顔認知にかかわる扁桃体と上側頭回の領域をfMRIのグループ解析で描出した。さらにこの両者を結ぶ線維連絡を各被験者のDTIにおいて描出し、その体積を計算した。この扁桃体と上側頭回を結ぶ線維連絡は、解剖学的には下縦束と呼ばれる線維束の一部と考えられる。30名の被験者でこの線維束の体積と自閉性尺度とを調べると、両者に正の相関があった3)。この結果は自閉性尺度が高い被験者ほど、代償的に顔認知領域を結ぶ神経連絡が太くなっている可能性を示している。

7.おわりに

最後に自己と他者をつなぐこころの働きとして、社会脳における扁桃体の役割をまとめてみる。環境から入力したストレス刺激は、皮質経路と皮質下経路の両者によって情報が扁桃体に運ばれる。皮質下経路は通常の皮質経路より早く、しかし大雑把な情報を扁桃体に伝えている。扁桃体からは前部帯状回や内側前頭前野へ情報が送られるが、一方でこれらの前頭葉領域は扁桃体の活動を抑制している。この興奮と抑制のバランスが、正常な感情状態を維持することに役立っている。眼窩部前頭葉の障害で感情の抑制ができなくなることは、主にこの回路の障害が原因であると考えられる。さらに情報は視床下部へと転送され、そこで内分泌および自律神経反応を刺激する。これらの活動は自覚しうるような身体的反応を引き起こし、その知覚が内蔵や皮膚感覚として島皮質(insula)に入力する。島皮質からは辺縁系への出力があることから、扁桃体の活動がさらに修飾されるのである18)。

このような脳とこころと身体を結ぶ回路が、社会脳の一部として情動反応を制御しているのであろう。最初に述べたように情動・感情の脳内機構は、認知よりもむしろ社会的判断との類似性が高いのである。共感性や感情伝染などはパーソナリティ、ストレス・レジリエンス、こころの疾患などと関連している可能性がある。扁桃体、上側頭回、前頭前野(内側・外側・眼窩部)を含む神経回路は、情動反応・他者理解・共感性の神経基盤と考えられる。これらの神経回路の活動は、セロトニンなどを含むさまざまな遺伝子多型によって調節されている。

ヒトの思考は、まず自己という軸に対して内的なものと外的なものに分類することができる。内的思考は自己指向的であり、主に自身の事柄や体性・内臓感覚を自覚するものである。一方で外的思考は他者指向的であり、外部からの刺激に対してそれを判断し解決するような反応を促す。このような自己と他者の相互作用に加えて、さらに過去と未来を結ぶ時間軸も加えたモデルが提唱されている14)。この時間軸は未来指向的なものと、現在・過去指向的な考えに二分することができる。自己および時間という2つの軸を用いて、人間性(humanity)の根幹である共感性(empathy)、公平性(fairness)、道徳性(morality)の脳科学的基盤は何かという問いに答えることも社会神経科学の重要な研究テーマである。

本論文は北陸精神神経医学会誌に投稿(一部改編)したものである。

文献

1) Chiao JY, Iidaka T, Gordon HL, Nogawa J, Bar M, Aminoff E, Sadato N, Ambady N: Cultural specificity in amygdala response to fear faces. J Cogn Neurosci 20:2167-2174, 2008.

2) Hatfield、E, Cacioppo J, Rapson R Emotional Contagion Cambridge: Cambridge University Press, , 1994

3) Iidaka T, Miyakoshi M, Harada T, Nakai T: White matter connectivity between superior temporal sulcus and amygdala is associated with autistic trait in healthy humans. Neurosci Lett 510:154-158, 2012.

4) Iidaka T, Matsumoto A, Haneda K, Okada T, Sadato N: Hemodynamic and electrophysiological relationship involved in human face processing: evidence from a combined fMRI-ERP study. Brain Cogn 60:176-186, 2006.

5) Iidaka T, Omori M, Murata T, Kosaka H, Yonekura Y, Okada T, Sadato N: Neural interaction of the amygdala with the prefrontal and temporal cortices in the processing of facial expressions as revealed by fMRI. J Cogn Neurosci 13:1035-1047, 2001.

6) Iidaka T, Okada T, Murata T, Omori M, Kosaka H, Sadato N, Yonekura Y: Age-related differences in the medial temporal lobe responses to emotional faces as revealed by fMRI. Hippocampus 12:352-362, 2002.

7) Iidaka T, Saito DN, Komeda H, Mano Y, Kanayama N, Osumi T, Ozaki N, Sadato N: Transient neural activation in human amygdala involved in aversive conditioning of face and voice. J Cogn Neurosci 22:2074-2085, 2010.

8) Iidaka T, Ozaki N, Matsumoto A, Nogawa J, Kinoshita Y, Suzuki T, Iwata N, Yamamoto Y, Okada T, Sadato N: A variant C178T in the regulatory region of the serotonin receptor gene HTR3A modulates neural activation in the human amygdala. J Neurosci 25:6460-6466, 2005.

9) Kosaka H, Omori M, Murata T, Iidaka T, Yamada H, Okada T, Takahashi T, Sadato N, Itoh H, Yonekura Y, Wada Y: Differential amygdala response during facial recognition in patients with schizophrenia: an fMRI study. Schizophr Res 57:87-95, 2002.

10) Miyahara M, Ruffman T, Fujita C, Tsujii M: How well can young people with Asperger’s disorder recognize threat and learn about affect in faces?: A pilot study. Research in Autism Spectrum Disorders 4:242-248, 2010.

11) Miyahara M, Harada T, Ruffman T, Sadato N, Iidaka T: Functional connectivity between amygdala and facial regions involved in recognition of facial threat. Soc Cogn Affect Neurosci, 2011.

12) Nomura M, Ohira H, Haneda K, Iidaka T, Sadato N, Okada T, Yonekura Y: Functional association of the amygdala and ventral prefrontal cortex during cognitive evaluation of facial expressions primed by masked angry faces: an event-related fMRI study. Neuroimage 21:352-363, 2004.

13) Ohira H, Nomura M, Ichikawa N, Isowa T, Iidaka T, Sato A, Fukuyama S, Nakajima T, Yamada J: Association of neural and physiological responses during voluntary emotion suppression. Neuroimage 29:721-733, 2006.

14) バーン R, ホワイトン A マキャベリ的知性と心の理論の進化論. 東京: ナカニシヤ出版, 2004

15) リゾラッティ G, シニガリア C ミラーニューロン. 東京: 紀伊国屋書店, 2009

16) 大藪泰, 田中みどり, 伊藤英夫 共同注意の発達と臨床 人間化の原点の究明. 東京: 川島書店, 2004

17) 飯高哲也: 扁桃体のニューロイメージング. Clinical Neuroscience 26:431-434, 2008.

18) 飯高哲也 ストレス、遺伝子、そして扁桃体. In: 脳とソシアル:ノンバーバルコミュニケーションと脳―自己と他者をつなぐもの (岩田誠, 川村満, eds). 東京: 医学書院, 2010, pp 93-105